野中広務・辛淑玉「差別と日本人」を読んで

本年6月に新書角川ワンテーマ21の1冊で、野中広務(のなか・ひろむ)さんと辛淑玉(しん・すご)さんの対談を集録した「差別と日本人」が出版されました。

野中さんは引退しましたが1925年生まれ京都出身の政治家、国会議員となり官房長官、の自民党幹事長もつとめた重鎮です。彼は「部落」生まれです。辛さんは1959年東京都に生まれた人材育成コンサルタント、歯に衣を着せない直言で知られています。辛さんは日本生まれの在日朝鮮人です。

「部落差別」「朝鮮人差別」という重い問題に、正面からふたりは切り込んでいます。辛さんは、野中さんを意識しだしたのは、1997年の国会での発言からだそうです(15ページ)。10年余を経て、実現した対談となったのです。ふたりの果敢な問題提起ぶり、痛快でさえあります。

ふたりの率直な気持や本音の出た対談ではないかと受け止めました。私はかって辛さんの講演、野中さんの講演(政界引退後)を聞いています。自分の生き様を語り、自分の思い本音を語る点で、その「率直さ」にはたいへん驚かされた体験となりました。でも、驚いたということからして、その時の自分は誠に認識不足の人間のひとりでした。もっとも講演会に参加したことで、自身の無知無理解の度合いを学んだという機会になったわけでした。ですから、今回は、関心を持って読む気持も持っており、内容についても受け止める気持も持っていました。が、読んで、やはりたいへん驚いたのです。

ふたりのぶつかりあいと発言ぶりは、私の予測を超えるものでした。現代史を掘り下げた証言にもなっています。幅広い内容です。私ではとうていすべてわかったとかいえるものではありません。読んだひとりひとりが受け止め理解していく学ぶことの多い内容だと考えました。この真剣勝負から自分なりに感じたことを、いくつかふれることにします。

ふたりが、まえがきとあとがきをそれぞれどちらも並べて書いています。簡潔にして要を得た発言です。対談が生み出したものが、反映されているのでしょう。対談を理解するうえでも、差別というものを理解するうえで、まことに適切なガイドにもなっています。対談内容とは別ですが、北海道にもアイヌ民族が生活していますし、解決すべき課題(差別も含めて)も存在しています。

対談の中で、差別に名を借りた利権ということ、差別をたてにとる暴力ということに、野中さんが許さない許せないという姿勢を貫いてきたことが語られています。彼の基本姿勢は「部落出身者であってもまじめに真剣に働け。それでもなお差別されたら、その時は立ち上がれ」(6ページ)でした。

1970年代兵庫県で起こった八鹿(ようか)高校事件が、野中さんの発言に「八鹿高校事件等で非常に批判を受けた解放同盟」(88ページ)と出ており、対談ではそれ以上の言及がありませんが、経過内容などがかなりくわしく注釈としてつけられています。当時マスコミがほとんど報道せずでした(いまでも及び腰でしょう)、したがってよくは知っていませんでした。しかし当時から野中さんも深刻に受け止めたたいへんな問題であったことが、伺われます。

麻生太郎現総理大臣の2001年3月の発言(国会議員)の発言への野中さんの言及が壮絶です。ある新聞記者の手紙によると、「麻生太郎が、3月12日の大勇会の会合で『野中やらAやらBは部落の人間だ。だからあんなのが総理になってどうするんだい。ワッハッハッハ」笑っていた。これは聞き捨てならん話だと思ったので、先生に連絡しました」(164ページ)とあったそうです。彼が確認するとその場に同席した自民党議員の中で亀井久興(かめい・ひさおき 現国民新党)議員が「そのとおりです」と認めました(164ページ)。野中さんの無念さ、さぞやのことだったでしょう。その麻生氏が、その発言を公には撤回もせず、反省もせず、発言をただされることもなく、総理大臣に。「事実は小説よりも奇なり」です。手厳しい注釈がつけられています。

対談の最後でふたりのしめくくりです。
「野中 いやいや、僕、こんな話したの初めてです。
 辛  家族だけは守らなきゃいけないーーと思ったんですよね。私たちーー。」

ぜひ、いっそう広い人々にお読みいただきたいものだと、私は思いました。最後でなおさらの気持です。野中さんの政治家としての日本共産党との「闘い」、これまた詳細でした。そのことの当否はとにかく、その野中さんが、共産党の新聞「赤旗」にインタジューされ登場したそうです。ついこの間だと、人から聞かされました。平和という点認め合うものがあるということでしょうか。また辛さんの自民党観、議員としての野中観、注釈含め、私には目からウロコでした。面白くて鋭い、しかもかなりあたっている、それに尽きます。野中広務を受け止めたベースがかっての自民党にあったということを含めて。

巻末の参考文献、参考資料、参考ウェブサイト、詳細に網羅されています。読んで知って考えていこうという人に対する、いろいろな意見を届かせる、まことに行き届いた姿勢です。ふたりの基本的姿勢、ここにも示されているのではないでしょうか。「臭いものに蓋」をすればごまかしが通った時代は、過ぎつつあることを実感させるものです。

最後に、野中さんのあとがきの言を引用してしめくくりとします。
「弱者や虐げられた人に対する政治家の『鈍さ』は、差別と根っこでつながっていると思うのだ。辛さんとは立場の違いもあるので、どんな対談になるのかと思った。しかし終えてみると、「こういう見方があるんだなあ」ということがわかったことも大きな収穫だった。私は政治家として、党派や思想を超えて話し合うことが比較的多く、知人や友人も少なくないが、差別問題にかかわらず、いろいろな問題は思想信条や立場を超えて、とことん話し合うことが大切だとあらためて思った。」(198ページ)

以上 (前荷 進) 090720