おすすめします 孫崎亨「戦後史の正体 1945−2012」

元外交官孫崎亨(まごさき・うける)さんが、「戦後史の正体 1945−2012」を創元社(大阪)より出版しました。外務省の少し後輩にあたる、天木直人さんが、本人より本書の内容を伝えられ、発売前から自らのブログで薦めていました。そのきっかけがあって、買い求めたのです。読みましたが、天木さんの薦めたことに納得しました。外務省の中枢を歩んだ人ならではの内容、しかも体験も踏まえた警世の書だったからです。


「はじめに」の冒頭で著作の特徴にふれています。日本の言論界のタブーに挑戦したかなり変わった本として。
「−−本書は、これまでほとんど語られることのなかった〈米国からの圧力〉を軸に日本の戦後史を読み解いたものだからです。」

戦後史を多角的多面的総合的に認識し理解するための、今後に必ず言及されるべき本となる内容でした。平易な文章に、豊富な資料と引用、ていねいな索引付きです。理解を深めるため繰り返し読むのには、たいへんいきとどいた構成です。

孫崎さんは1943年生まれ、外務省でキャリアとして大使・局長など歴任し、2002年から7年間防衛大学教授でした。現役当時から歯に衣を着せぬ直言をしていた人だそうで、今はツィッターもやっており、多くのフォロアーもいるとか。

孫崎さんの転機というものがあるとすれば、それは防衛大学教授のとき起こったイラク戦争でした。
「私が日米関係を真剣に学ぶきっかけとなったのは、イラク戦争です。」(本文3ページ 序章 なぜ「高校生でも読める」戦後史の本を書くのか)

イラクへの自衛隊派遣反対」を、知り合いの官僚や経済人に進言していたそうです。でもその声は受け入れられませんでした。「少々無理な話でも、軍事面でも協力するのが日本のためだ」という回答とともに。

外務省関係者のイラクへの自衛隊派遣反対は、天木さんにとどまっていなかったのです。やむをえないとする自分への回答からの疑問を、孫崎さんは追求してみることとなりました。

それが「日米同盟の正体ー迷走する安全保障」(2009年 講談社現代新書)を皮切りに、今度の本にもつながったのです。

敗戦にいたる、当時の日本支配層や連合国側の動きからはじまります。そして、政界官界経済界の中枢の従属か自立かのせめぎあい、米国のすさまじいばかりの支配貫徹努力、を明らかにした著作です。貴重なのは、本人も外務省にいたものとしての、体験や見聞をぞんぶんに織り込んでいることでした。今の自分の考えも、きちんと披露していることも出色の内容です。現代日本を総合的多角的に見たり考えたりするうえで、大きな一石を投じたものとなっています。政治や外交の中枢にいた人だから、初めて書ける内容満載です。また別な立場考えで問い続けてきた人たちにも、目からウロコのことがあったり、やはりそうだったかとうなづいたり、はたくさんあるのではないでしょうか。孫崎さんの、イラク戦争への真剣なむきあいが、あらゆる人たちへの問いかけともなりました。

「はじめに」からさらにふたつ引用させていただきます。

「(戦後の日本外交史を研究する)そのなかでくっきりと見えてきたのが、戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する『自主』路線と『追随』路線のせめぎ合い、相克だったということです。」

「ひとつの生き方は、
『米国はわれわれよりも圧倒的に強いのだ。これに抵抗してもしようがない。できるだけ米国のいうとおりにしよう。そしてそのなかで、できるだけ多くの利益を得よう』
という選択です。
もうひとつの生き方は、
『日本には日本独自の価値がある。それは米国と必ずしもいっしょではない。力の強い米国に対して、どこまで自分の価値をつらぬけるか、それが外交だ』
という考えを持つことです。
私は後者の立場をとっています。
『力の強い米国に対して、どこまで自分の価値をつらぬけるか』
それが今後の日本人にとって、もっとも重要なテーマだという確信があるからです。またそれは、この本をお読みになればわかるとおり、いまではすっかり失われてしまいましたが、かっては日本の外務省の中心的な思想だったのです。私自身もまた、そうした外務省の系譜に属する人間であると思っています。
多くのみなさんにこの本を手にとってもらい、戦後の日米関係と日本社会のあり方を問い直していただければと思います。この本の知識が日本人の常識になれば、新しい日本が始まります。」

日本の高校までの歴史教育では、戦後史についてはまったくふれられぬまま、つまり現代をいうものを教えたり考えたりしないまま、であったとよく言われます。この本は「高校生でも読める戦後史の本」とも銘打たれています。孫崎さんの気持ちを良く示した表現と思いました。高校生だけではなくあらゆる老若男女、「戦後史の正体」を読んで語りあうなら、なお内容を実感していけるのではないでしょうか。

創元社は「『戦後再発見』双書」シリーズの第1冊として、「戦後史の正体」を出しました。少なくともあと2冊前泊博盛氏、豊下楢彦氏出版されるようです。たいへん気持ちの大きな企画、取り組みをされていることに感服しました。

2012年7月26日 前荷 進